第76話 歌謡バカ一代

ドワン(THE ONE)「え? テヨンにソロ話が?」
スマン「そやねん。来年早々から『快刀ホン・ギルドン』ゆう時代劇がKBSで始まるんやが、その主題歌を歌う人間はおらんかてうっとこにオファーがあってな。
  まだあまり世間に知られていなくて、清純なイメージで、バラードを歌う実力がある女性歌手がええんやそうや」
ドワン「また贅沢な注文ですな」
スマン「ワシも最初そお思うて“何様やねん!”て突っ返そうかとしたんやけど、その時テヨンの存在が思い浮かんでな。
  グループの一員やから忘れがちやけど、よお考えたら、テヨンくらい注文にぴったりの娘はおらん」
ドワン「確かにバラードとなると、ジェシカよりテヨンですかねぇ」
スマン「チルヒョン(カンタ)と歌うた『7989』も良かったし、OSTくらいならソロで歌わせて、SMアイドルの歌唱力を世間に知らしめるにはええ機会やと思うてな」
ドワン「はぁ。で、どんな歌なんです?」
スマン「好きな男になかなか自分の気持ちを打ち明けられない、恋に臆病な乙女の心情を歌ったものや。テヨンにぴったりやろ?(ニヤリ)」
ドワン「戸田恵梨香の神崎直役くらいピッタリですね(溜息)」
スマン「そやろそやろ(うんうん)」
ドワン「…(こらあかん。皮肉が通じん)」
スマン「そやけど、ひとつ心配があるんや」
ドワン「心配?」
スマン「うむ。テヨンはスーパーガールズに組み込まれて以来、ここ2〜3年ソロで歌うたことがないやろ?」
ドワン「大丈夫やないすか? 稽古ではピンで歌うてますし、ラジオでも時々…」
スマン「師匠として、“勝算ある”ゆうんやな?」
ドワン「し、師匠としてゆうか、通りすがりのおじさんとしてなら、えーと」
スマン「(じー)」
ドワン「命賭けて“大丈夫です”とは、さすがにゆえまへんけど」
スマン「命賭けてもらわにゃあかんで」
ドワン「えー?」
スマン「師匠と弟子の関係は一生ものや。テヨンがソロとして羽ばたくビッグチャンスに、師匠が応援せんでどおする。
  自分、上手いこと指導して、ドラマを盛り上げまくりの上に曲だけ聴いても大感動、ゆう名曲に仕上げてやってくれ」
ドワン「ワシがですか?」
スマン「おうさ。“SMに発注したら、常に注文以上のクオリティで出来上がってくる、まさに歌謡界の『王様の仕立て屋』や、高見盛の愛読書や”ゆう評判を立てたいねん。
  自分かて外様トレーナーの意地を見せたいところやろ? 互いにとってこれはええチャンスや」
ドワン「そんなことゆうて、特別手当なしでワシにテヨンのトレーナー役を押しつけようとしてるだけでしょ」
スマン「ぴーぴー」
ドワン「…(むかつくわー。けど、テヨンは可愛い愛弟子。放っておく訳にもいかんな)」


テヨン「お久しぶりぶりちゃん(ぺこりん)。今回はよろしくお願いします」
ドワン「うむ。相変わらず人を舐めた態度やが、ええとしよう。譜面と仮歌のテープは受け取ったか?」
テヨン「へえ、先週に。もお完璧に憶えましたで」
ドワン「よし、ほなら早速いっぺん歌うてみよう」
♪ぽろろ〜ん ←ピアノ
ドワン「しーじゃっ」
テヨン「♪にゃんまげ 猫 噛んだミョン…
ドワン「ん?」
テヨン「♪猫 舌ば 噛んだミョン
ドワン「(ぐわーん)やめやめやめ! なんじゃそりゃ?」
テヨン「なんじゃて…先生の仮歌の通りやけど」
ドワン「ワシゃそんな風に歌うてないがな」
テヨン「歌うてますよ。だいだい先生みたいなダミ声で、こんな乙女の歌歌われたら耳がおかしゅうなりますがな」
ドワン「ワシのせえゆうんか?」
テヨン「そやけどウチはSM一歌が上手いテヨンちゃんでっせ。ウチのせいの訳がない」
ドワン「…こ、これはあかん(少女時代ゆう井戸の中で、いつのまにか蛙になっておった)」
テヨン「へたな仮歌のテープ渡しといて、“なんじゃそりゃ”はないでしょーが。
  だいたい先生はいつも“相手の心に届け”とか、指導が抽象的なんすよ」
ドワン「(かくなる上は、合宿で徹底的に鍛え直さにゃなるまい)」
テヨン「(ぶちぶち)こっちが知りたいのは、どおすりゃ相手の心に届くかゆう、いわゆるテクニックなんであって、それを精神論にすり替えられても…」
ドワン「山籠もりじゃーっ!」
テヨン「ええーっ!?(すてーん)」


ちゅんちゅん、ほーほー
くわーくわーっ
ドワン「ちゅうことで、智異(チリ)山へやってきたのであーる」
テヨン「鳥がうるさい」
ドワン「文句ゆうな、自分の故郷に近いよって、田舎なんはしょうがない。されどここは古来よりの山岳信仰の聖地。 
  ワシもデビュー前にここで山籠もりして、韓国の役小角(えんのおづぬ)と呼ばれたもんじゃ」
テヨン「宇宙皇子かっちゅうの」
ドワン「とにかく、山籠もりこそ現状を打破する最も効果的な修行。特訓の基本。
  かの空海高野山を駆け巡り、真言密教を開いたとゆう」
テヨン「そんで1200年後に九門鳳介にサイコダイブされた訳やな」
ドワン「いちいちマニアックなツッコミはいらん。ささ、せっかく修行僧の格好に着替えたんや、景気づけに瀧業からやってみるか」
テヨン「いやや! この冬に瀧業なんかやったら凍え死んでまうがな。そもそも景気づけてなんやねん?」
ドワン「絵柄的に派手な方が修行した気になるかなーと思うて」
テヨン「TVのリアルバラエティやないんやから絵面なんか気にせんでエエ」
ドワン「ほんならこの山の主とゆわれる樹齢1000年の大木と同化するまでひたすら瞑想するっちゅう地味な奴から始めるか?」
テヨン「う…うーむ」
ドワン「このまま雑念を抱いて瞑想したって、同化するまで1000年かかるで」
テヨン「そーですなぁ」
ドワン「とりあえず滝に打たれろや。それで覚悟も決まるやろ」
テヨン「とほほ、仕方ない」


どごごごごごーーーー
ざああああああ
テヨン「うひゃー、冷たい、寒い、痛い、死ぬ死ぬーーー!」
ドワン「こらー、文句ゆうとらんで真言を唱えるんやー。雑念を追い出せー!」
テヨン「がぼ、ごぼ、ごぼぼぼぼ」
ドワン「精神を集中して宇宙と一体となれ!」
テヨン「ぶくぶくぼごごご(無茶ゆうなって。息も出来へんがな)」
ドワン「ほな、滝の上から丸太を落とすで」
テヨン「(えっ?)」
ドワン「見事避けて、修行の成果を見せてみぃ!」
テヨン「ぶしゅしゅしゅ!(そんなん瀧業違うて)」
ドワン「いったでー!」
ごろんごろんごろん!
テヨン「わー、危ない!」
ドワン「避けきれんかったら、手刀で切り落とせ」
テヨン「『六三四の剣』かっ!」


テヨン「くてー(げんなり)」
ドワン「よし、飯を食ったら早めに寝ろ。明日も早朝から厳しい修行が待ってるで」
テヨン「寝ろって…先生と一緒にでっか? こんな若くて可愛い少女が、熊みたいな男と野宿するなんて…(ぶるっ)危険や、低層のキキや」
ドワン「貞操の危機な。貧民の魔女の宅急便やないから」
テヨン「とにかく、先生と野宿はあきまへんで。世間に知れたらスキャンダルに発展するし」
ドワン「安心せえ。野宿するのは自分だけや。ワシは麓のホテルに泊まるさかい」
テヨン「は?」
ドワン「修行するのは自分やし。ワシがそこまで付き合うことはないやろ。スマン先生から特別手当も貰うとらんのに」
テヨン「こ、このか弱い少女に、ひとりで野宿せろと? 野犬とか出て来たらどおする気でっか?」
ドワン「そん時や捕まえて食うたらええがな。自分、野犬好きやろ」
テヨン「まぁ、嫌いやないけど…って、そんな問題違いますやん」
ドワン「明け方は冷えるよって、暖かくして寝ろよ。ほんならまた明日」
テヨン「えー、ちょ、ちょっとー」
ドワン「バイバイキーン!」


ワオオオーーーン!
テヨン「わぁ、ホンマに野犬が遠吠えしとるぞ。勘弁してくれや、マジで」
がさがさ、がさがさ
テヨン「月夜やゆうても、森の中に射す光はか細いのぉ。足元見えんで、歩きにくうてしゃーないわ。
  えーと、先生が下りていったのは確かこっちやったな。てことは、この方角に人里があるはず…」
がさがさ、がさがさ
テヨン「いててて、棘刺した。懐中電灯持ってくりゃ良かったな」
ドワン「(ぬぅ)なんなら懐中電灯貸したろうかい?」
テヨン「お、こら、えろーすんまへん…って(どわー)せ、先生!」
ドワン「こらーーーーっ! ひょっとしたらと思うて、下り道で見張っとったら、ホンマに逃げ出して来よって。この根性なしが!」
テヨン「そやけど、ウチひとりで野宿なんて不公平やわ」
ドワン「自分の歌唱力が認められたからこそ、特訓しとるんやないか。
  それだけ会社の期待を背負うとると思えや。
  誰もヒョヨンにソロ歌わせたりはせんがな」
テヨン「ウチはもおプロや。特訓なんかせんでも、ちゃんと歌えますって。
  宿所でぬくぬく寝て、犬印ハンバーガー食いながらでも、ちゃんと人を感動させるバラード歌うて見せるから」
ドワン「いんや。すぐ逃げ出すなんざ、プロやない。泣いて田舎に逃げ帰った練習生時代から全然進歩しとらんわ。
  こうなったら容易に下りれんように切るしかないな」
ギラーン
テヨン「せ、先生それは!?」
ドワン「見ての通り山刀じゃ。土佐の匠・豊国の業物で、ぶっとい木の枝も一撃で断ち切る切れ味やで。試してみるか?」
テヨン「試すて、な、なにを?(汗)」
ドワン「もちろん、切れ味じゃい! たーっ!」
テヨン「ひぃー!」
ぞり
テヨン「………い、生きてる。…ぞり?」
ドワン「当分の間人里に下りたなくなるように、ひと剃りさせて貰うたで」
テヨン「えー? な、なにしたんでっか?」
ドワン「片方の眉を剃り落としたんじゃ」
テヨン「ぴゃー(ぶるぶる)。やめてやぁ、そうでなくても眉毛薄いの気にしとるんやから」
ドワン「片方だけお公家さんみたいになって、超ブサイクやでぇ(笑)。そんな顔になって他人に会えるかな?」
テヨン「会えるか、ボケ。これでもアイドルやで」
ドワン「片眉がイヤなら、もう一方も剃ってやろうか」
テヨン「あかーん。ウチに残された貴重な眉、これ以上いじらせへんで」
ドワン「ふっふっふ。そんなら元通りに生えそろうまで、この山できっちり修行して貰うのみや」
テヨン「チクショー。いつか新月の晩に後ろから金属バットで殴ってやるからな」


ドワン「さぁ、このろうそくの炎を前に、大きな声で歌ってみるのじゃ」
テヨン「歌えばええんですね? よーし。
  ♪にゃんまげ 猫 噛んだミョン…
ゆらゆら、ふぅっ…
ドワン「パボ者ー! 炎が消えたではないかっ!」
テヨン「そら、こんな近くで大声出したら消えもしますがな」
ドワン「そこを消えんように、いや揺らしもせんように歌うんじゃ。呼吸法の訓練なんじゃ」
テヨン「無理無理」
ドワン「無理やないっ。出来るまで朝飯食わせんど」
テヨン「えーっ?」


ドワン「次っ! この曲を息継ぎなしで最後まで歌うてみせろ(ばさっ) 肺活量の訓練じゃ」
テヨン「譜面? えーと『初音ミクの消失』とな?
  (ぺら)…いやいやいや、冗談きついわ。こんな曲は人間には無理だって」
ドワン「では人間を越えろ。出来るまで昼飯食わせんど」
テヨン「しえー」


     『初音ミクの消失



ドワン「次っ! 瓦割りの特訓じゃ」
テヨン「なんで歌の訓練に瓦割りなんか…」
ドワン「手で割るんやない、声で割るのじゃ」
テヨン「出たよ、無茶振り。こっちゃ超能力者じゃねーっての」
ドワン「声でワイングラス割る芸人かておるやないか」
テヨン「そらおるけども。ワイングラスと瓦じゃ厚みが」
ドワン「出来るまで晩飯食わせんど」
テヨン「虐待やーっ!(ひーん)」


ナレーション:こうして血反吐を吐くような修行が連日続いた。
  そしてある日…


テヨン「んーーーー、はっ!」
がちゃがちゃがちゃーん!
ドワン「おおっ! 声の力で15枚も重ねた瓦が見事に割れた!」
テヨン「はぁはぁ…どんなもんじゃい!」
ドワン「やれば出来るもんやなぁ(感心)」
テヨン「なんやと? 出来にゃ飯抜きゆうたんは本気やなかったんか!(がおー)」
のっしのっし
水牛「ぶもーっ!」
ドワン「わぁ、森の奥から水牛が!」
水牛「ぐもももー(連日うるさぁて子どもが引きつけおこすんじゃい)
  ぶひひひー(今日こそとっちめてやるからな)」
テヨン「な、なんか怒ってる」
水牛「ばもーーーっ!」
どどどどど
ドワン「わー、突進して来た! 逃げろーーー」
テヨン「い、いやじゃ! 牛ごときに一歩でも引いたら、キム・テヨンの名折れやけぇ。
  シャーーーーー、ムアディーブッ!」
どかーん!
水牛「ぶひーっ(くるくるどーん)」
ドワン「ぴゃー、声の力で水牛を吹っ飛ばしたど」
テヨン「見たか、これが修行の成果じゃい!」
ドワン「すげー。なんか判らんが、すげー」
テヨン「よーし、これで修行は終わりじゃ。眉も生え揃うたし、ついに下山してレコーディングする時が来たで」
ドワン「うーむ。さすがに認めざるをえんな。キム・テヨン、よお頑張ったで」


ドワン「てな訳で、恐るべき歌唱力を得て、下山して参りました」
スマン「ご苦労やった。テヨンの顔も見違える程野性味を帯びておるの」
テヨン「ふっふっふ、無敵やけえの」
クッキーマン「少女アイドルが野性味帯びてええのかなぁ?」
テヨン「このままMUTEKIに出演してもええで」
ドワン「黙っとけ」
スマン「では特訓の成果、このスマンの前でとくと披露するがよい」
レコーディングエンジニア「ほな録って行きまーす。イントロ、スタート!(ぴっ)」
♪ぽろん…
テヨン「♪にゃんまげ 猫 噛んだミョン…
スマン「こ、これは…!(汗)」
ドワン「いかかです?(にやり)」
スマン「すごいで。抑えた表現の中に、恋に不慣れな乙女の揺れる心情が熱く宿っておる」
ドワン「水牛をも倒す声を押さえ込んで、一見静かながらも爆発的な感情を秘めている…この感受性こそキム・テヨンだけの個性なのです!」
スマン「約束を守ったな、ドワン。…素晴らしい! 君たちプロミスや」 
ぶち
テヨン「♪値が張ると がっかり…あれ?」
レコーディングエンジニア「もっと真面目にやってよ。ほい、最初から」
スマン「なにがあかんのや? 今のテイク、めっちゃ良かったやないけ」
レコーディングエンジニア「いや、あかんでしょ。歌詞が全然違います」
スマン「(ずるっ)そこかい!」
テヨン「やっぱり仮歌が間違えてたんやないけ(怒)」
ドワン「す、すまん。山籠もりして反省するわ(土下座)」
スマン「チェ・ミンスかっ!」






※『もしも(マニャゲ)』…2008年1月2日よりKBSで放映されたフュージョン時代劇『快刀ホン・ギルドン』の挿入歌。
 テヨンは少女時代メンバーとしてははじめてソロで歌い、少女の切ない心情がよく表現されているとして大ヒットなった。
 3月17日のサイワールドミュージックアワードでは「今月の歌」に認定されている。
    
 ドラマの視聴率そのものも良かったが、この曲がかかると更に数%視聴率が上昇すると言われた。
 『もしも』はこの年のカラオケランキングでも上半期1位。下半期もずっと1位を続けていたが、最後になってイ・ウンミの『恋人がいます』に年間1位の座を持って行かれた(残念)。
 しかし、この年を代表する国民の愛唱歌であることは間違いない。
 テヨンはこの年ひきつづきMBCの『ベートーベン・ウィルス』の主題歌『聞こえますか?(トゥリナヨ)』を歌い、これも評判を呼んだ。
 これにより、テヨン=OSTの女王という構図が生まれたのである。


※おまけ…
     『空手バカ一代


     『恋人がいます』
    チンチンラジオでテヨンがカンインに無理矢理歌わせられた事件。