第74話 少女時代の一番長い日(中編)

06(承前)


ヒョヨン「ちょっと、デビルマンの最終回てどおゆうことや? ちゃんとゆえや」
ソヒョン「つまり…腰から下がなんちゅうか非常に残念なことに…」
ユリ「ひーっ、見ちゃった(がたがた)」
ヒョヨン「ひ、ひ、悲鳴とか上げんといて。怖なるやないの」
ソヒョン「まぁ当事者は知らん方がええかも」
ヒョヨン「それが怖いんやって」
テヨン「とりあえずヒョヨンの下半身を探すのが先やないか? 腐らん内に」
ヒョヨン「探す? 腐る?」
ユナ「(しー)これ以上ガイシャの不安を煽ったらあかん。ここは死体は山程見慣れてる牝鹿刑事ユナが見聞しましょう」
ヒョヨン「死体やと? こらー、ウチの身体、どないなってるねん? ちゃんと説明せえや」
ユナ「部外者は引っ込んどいて」
ヒョヨン「誰が部外者や。一番の当事者やってーの」
ユナ「(じろじろ)ああっ、なんてこった」
テヨン「どおした!?」
ユナ「ガイシャの下半身がどこにすっ飛んでったかと回りばかり気にしてたら」
ヒョヨン「(ずーん)や、やっぱり、ウチの黄金の下半身がもげてもうたんやなぁ」
ユナ「うんにゃ、ちゃんとくっついたままやったわ」
ヒョヨン「え?」
ユナ「ただし180度折れ曲がって、背中に隠れてるけどな」
ソヒョン「よお見つけたな」
ユナ「はっはっは、ヒョヨンねえの耳の横にきっちり靴が突き出してるのに気付いたんや」
ジェシカ「よっ、名探偵!」
ソニ「ゆうてみたら、念仏の鉄に仕置きされた悪党みたいな格好になってる訳やな」
ヒョヨン「例えが悪すぎるわ」
ティパニ「そんな格好になるってことは、どっちゃにしろ脊椎はパッキン折れてるやろ?」
テヨン「確かに、この女に脊椎があるなら間違いない」
ヒョヨン「脊椎くらいあるわ!」
テヨン「へー、案外高等生物やったんやな(笑)」
ヒョヨン「クソー、殺す! 怪我が治ったら一番に殺す!」
ピーポーピーポー
ソヒョン「あ、救急車が来た」
テヨン「ええー? 誰が呼んだんや?」
クッキーマン「ワシやがな。当たり前やないか」
テヨン「(ちっ)余計なことしやがって」
ヒョヨン「余計なこと?(まさかタイヤ緩めたんこいつ違うやろな)」
ソニ「とにかく、一刻も早くヒョヨンを病院へ!」
救急救命士「わかりましたっ!」
スヨン「すいまへん。搬送先の病院に食堂はありますか?」
救急救命士「それは受け入れ先によりますね」
ヒョヨン「この期に及んでメシの心配かい!」


07


医者「あー、これは完全にパッキンいってますね」
ソニ「やっぱり」
ヒョヨン「治りますか?(びくびく)」
医者「うーむ。これまでプラム麻里子や門恵美子など多くのレスラーを診てきた私でも、これはちょっと」
ユリ「ちょっと…その選手らってひょっとして」
ソヒョン「悪魔の医者かもな」
クッキーマン「でもー、スケジュールが詰まってるんで、あと30分くらいで歩けるようにして欲しいんですよ」
医者「無茶言いますなぁ。判りました、とりあえず応急処置をして立てるようにはしておきますので、後でちゃんとした治療を受けて下さい」
ヒョヨン「だから自分がちゃんとした治療をせえや」
医者「(看護士に)じゃあセメダイン出して」
ヒョヨン「(げぇ)そんなんでくっつける気ぃか?」
ソヒョン「まるでプラモやな(笑)」


ナレーション:そんで九龍海水浴場…
カメラマン「そんじゃ、笑って! 撮りますよー」
少女時代「ニッコリ」
パシャ
カメラマン「ええですよー、まるで夏みたいや」
ソニ「嘘つけ」
ジェシカ「大体なんだって2月に海水浴場の告知撮らなあかんねん」
クッキーマン「この業界は半年前倒し。常識やないか」
ティパニ「それにしても寒々しい光景やな」
ユナ「水着になれとかゆわれんだけましやけど」
カメラマン「じゃあ次は『Kissing You』の衣装に替えて、アメ持って踊ってみましょう」
ヒョヨン「踊れねえっつってんだよ。こっちはよ(いらいら)」
カメラマン「それは困ったな…(ピーン)そやけどスチールやさかい、踊ってる風のポーズを取って貰えば」
ヒョヨン「そんじゃ上半身だけ…よっ」
カメラマン「うーん、足はもっとピッと上がりまへんかね」
ヒョヨン「無理ゆうなや。接着剤で固めてるんやから」
カメラマン「後ろの人、足を持って支えてあげて」
ユリ「(よいしょ)こお?」
ばきばきばき
ヒョヨン「ひゃー、股間から変な音がするー」
カメラマン「なんか不自然だなぁ。もっとこお優雅に」
ユリ「こんな感じ?」
べきべりばき…
ヒョヨン「あかーん、腰がもげるー」
ソヒョン「なんか『永遠に美しく』のメリル・ストリーブかゴールディ・ホーンみたいやな(笑)」
ヒョヨン「笑い事か!」
ソニ「所詮アイドルなんて会社の操り人形。黙ってええようにやらせとけ」
ヒョヨン「くそー、他人事やと思いやがって」


     寂しい九龍海水浴場


パシャ、パシャシャシャシャ…
カメラマン「OKでーす。お疲れ様でした」
少女時代「やれやれ」
カメラマン「これはええポスターが出来ると思いまっせ」
テヨン「心にもないお世辞を、どうもおおきに」
クッキーマン「うわ、もお2時過ぎかぁ。リハーサルは最後にして貰わんとあかんな」
ティパニ「はぁ?、もおソウルに帰るつもりか?」
クッキーマン「その通り。生放送は待ってくれへんからな」
ティパニ「ヒョヨンの治療は?」
クッキーマン「とりあえず命に別状はなさそうやし、本番が終わってからでもええんやない?」
ヒョヨン「踊れないのに、どおやって本番こなすんだよ(がうー)」
クッキーマン「ああ、そおかぁ(八方塞がり)」
ユナ「そおかぁ、じゃねーよ。ホンマに福利厚生の概念がない会社やな」
ソニ「芸能社が福利厚生なんか考えてやっていけるか!」
ユナ「ち、会社の犬め」
ヒョヨン「そやけど、さっきの医者もお手上げゆうてたし、ウチ治るのかなぁ(不安)」
カメラマン「それやったら腕のええ外科医、紹介しましょか? 大概の怪我は完治しまっせ。
  ワシも戦場カメラマンやってた頃、ティモールで蜂の巣にされた時にお世話になりましたけど、きれいに治りましたで」
ヒョヨン「え、そんな医者知ってんの?」
カメラマン「へえ。ちょっとお高いのが玉に瑕やけど」
クッキーマン「高い?」
カメラマン「保険が効かないんですわ。なんちゅうてももぐりの医者ですさかい」
ヒョヨン「今どきそんな医者おるの?」
クッキーマン「大丈夫なんか?」
カメラマン「まぁ変わったお人やから。そやけど腕は確かですわ。(ひょい)これ、電話番号です」
クッキーマン「じゃあ掛けてみるか、ダメ元で」
ヒョヨン「ダメな場合とか想定すんなよ」


ぷるるる…ぷるるる…
幼女「ちぇんちぇー、でんや。でんやなってゆ!」
無免許医「放っておけ」
幼女「んも〜! いっつもそーなんやかやぁ〜!」
留守電(ピッ)「現在外出中。診療希望の方は連絡先、氏名および病状、支払い可能な金額の提示をどうぞ。後日当方より連絡いたします」


ヒョヨン「あれ、留守電になってる」
カメラマン「あー、その人は絶対出ないですよ。とりあえず用件を言っておけば向こうから折り返してきますさかい」
ヒョヨン「もお、時間ないのに〜。まさかこのまま梨の礫ゆうことはないやろな。
  …えーと、ウチは少女時代のヒョヨンゆいますぅ。さっき交通事故で脊椎がパッキリいきよりましてん。
  今はセメダインで骨を接着してますけど、夕方には完治して踊れるようになりたいんでよろしゅうお願いしますぅ」


電話の声「お金はウチは持ってないので、後で事務所相手に裁判してください。勝ったらいくらか貰えると思います」
無免許医「…こいつはアホなんか?」
幼女「どーかんがえてもアホやよねー」
無免許医「それにしても脊椎が折れたなんて、ウソばっかつきやがって」
幼女「そうやの?」
無免許医「脊椎折れた奴が電話なんて出来る訳ないがな。
  よしっ、直接文句ゆうてやる…(がちゃ)もしもし」
電話の声「あ、出た! …よぼせよ〜」
無免許医「あんなぁ、これは切羽詰まった大金持ちだけが利用出来る回線なんやで。遊び半分で掛けて来んなや」
電話の声「遊び半分違いますよ」
幼女「じゃああそびぜんぶやよね〜?」
電話の声「違います! ウチ、ホンマに身体が半分に折れてて、下半身が全然動かへんのですよ〜」
無免許医「嘘つけ。それが脊椎折れた人間の喋り方か?」
電話の声「そこはまぁウチら鍛えてるから」
電話の声(男)「どけ、ワシが代わる…よぼせよ〜、ワシはこの娘のマネージャーですが、マジで腰が折れてるみたいなんです。
  下半身がぷらぷらしてモビールみたいになってるんですよ」
無免許医「下半身がモビール? ジオングみたいな?」
幼女「それはかはんしんがモビル」
無免許医「下半身がエーゲ海のような?」
幼女「それはジュディ・オング。どうせボケゆなら、ジオングの方とかけないでモビールとかけてくやさい」
無免許医「す、すまん」
電話の声(男)「真面目に話を聞いて下さい! 普通の人間なら死んでる怪我ですで」
無免許医「わかったわかった。ワシもそんなプラナリア並みの生命力を持った患者は初めてや。ちょっと見たいから連れて来なさい」
電話の声(男)「は、はい。で、先生はどこにいらっしゃるんで?」
無免許医「ワシは江陵市の岬の館に住んどるが」


クッキーマン「(どひょー)そ、そんなに北なんすか?」
電話の声「ワシはコ・ヒョンジョンさんが大好きなんじゃ。そんでドラマ『砂時計』のロケ地に住んで思い出に浸っておるんや」
ジェシカ「うえー、気持ち悪っ。こんな奴がサセンペンになるんやで」
電話の声「放っておけや!(ぷんぷん)」
クッキーマン「どおしよう。江陵市なんか回ってたら確実に『ミューバン』に間に合わんど」
ジェシカ「それでも行くしかないやろ。このままじゃヒョヨンの奴、一生モビールのままやど」
ヒョヨン「モビールはいややー。せめて歩けるようになりたいー」
クッキーマン「ううう…地上波1位になれるチャンスやのに」
ティパニ「そんなチャンスはまた来る(かもしれん)。そやけど、ヒョヨンには明日が来るかも判らんのやぞ」
ヒョヨン「そおゆう言い方はちょっと…」
クッキーマン「判った、治療を優先しよう!
  先生、これから患者とそちらに向かいます。どうかよろしくお願いします!」
電話の声「まってゆかやね〜」
がちゃん
クッキーマン「では、行きたくないけど、ワシらは江陵市に向かう」
ヒョヨン「いちいち棘のある言い方すんな」
ジェシカ「結局韓国一周する羽目になったなぁ」
ソニ「まさに世界を股に掛けるアイドルにふさわしい営業や」
ティパニ「そんなことゆわれても全然前向きに考えられへんわ」
スヨン「腹減ったなぁ」