第41話 2007年8月2日

午前9時半
バタバタバタ
少女時代「ひーひー」
クッキーマン「すんまへーん、少女時代、今到着しましたー!」
AD「(イライラ)遅いでんがな。もうスタッフはみんなスタンバってますんやで」
クッキーマン「すんまへん、すんまへん。えらい渋滞やったもんですから」
AD「その渋滞を見越して、間に合うように準備するのがマネージャーの仕事でしょーが」
クッキーマン「いやー、言葉もない(ポリポリ)」
ティパニ「(はぁはぁ)えらい剣幕やなぁ。番組のディレクターさんか?」
ソヒョン「いや、インカムにカンペ用のスケッチブック、ベルトいっぱいのガバチョ(ガムテープ)で武装しとるところを見ると、ただのADのようや」
ユリ「ぴゃー、ただのADに平伏しとるのか、クッキーマンの奴」
ユナ「情けない姿やなぁ(わっはっは)」
クッキーマン「笑うな、どアホ。お前らのデビューやからむかついてもコトを荒げんようにしとるんやないかい」
テヨン「なんや、腹立ってたんか。ちょっとはプライドあるんやな。安心したで」
クッキーマン「自分らも、AD風情が威張り散らしたからゆうてブチ切れんと、大人しく練習通りのパフォーマンスを見せるんやで」
少女時代「はーい」
AD「なにヘラヘラ喋ってるねん(ふん)。しょせんブスばかり何人集めたって、美人のソロ歌手にかなう訳ないんや…」
ユナ「あの…楽屋はどこですか?」
AD「えっ…(こ、この子はめっちゃ可愛いやないか)。が、楽屋行ってどないするねん?」
ユリ「それはもちろんメイクと着替えです」
AD「わっ(ふ、双子か? 今の子によお似とる。可愛いなぁ)。
  そ、そんなんまだいらんよ。さっさとステージに上がって。すぐリハやるで」
スヨン「えー? 衣装やメイクがちゃんとしてないと、照明の量やカメラの露出も決まらへんのやない?」
AD「(なんやこのベトナム人は。むかつくわ)やかましい、ブス。プロのやることに口出しすんな、このド素人め」
ジェシカ「わはは、ユンユルの時と明らかにリアクションが違うで」
スヨン「くそー、AD風情が。人種差別しやがって」
ソニ「自分で認めるなよ」
AD「わーわーうるさいわ。さっさと上がって上がって」
少女時代「はーい(どたどた)」
AD「(インカムに)はい、もしもし? えっ、なんで上げた? だってリハを…はい、はいっ。すいませんでした!
  おーい、少女時代、勝手にステージに上がるんやない。照明さんがまだバトン降ろしたままやないか。邪魔やで」
ティパニ「ええ? 自分がさっさと上がれって」
テヨン「くそー、ウチらが売れたらSBSのスタッフには土下寝させてやるからな」
ソニ「ココマならSBSどころか、将来KBSのスタッフにも文句つけそうな気がする」
AD「まったく、まだヘッドセットもつけてないのにステージに上がるなんて、なに考えてるんや(ブツブツ)」
ソヒョン「(むかむか)売れるまで待てへん。今日、毒殺する」 
音響「すいませーん、音源のCDかテープ、持って来はりました?」
クッキーマン「あ、(がさごそ)これです」
音響「へい、預かりました。そんじゃメンバーの皆さんはヘッドセットをつけてください。メインヴォーカルは誰ですか?」
テヨン「(さっ)ウチっす」
ジェシカ「(さっ)ウチもっす」
音響「ほんなら、ふたりはこのヘッドセットつけて。これはちゃんと音が出るから」
ティパニ「へ? すると残りのヘッドセットは?」
音響「ダミーです」
ヒョヨン「ガーン。デビューなのに、ウチの美声を全国にお届け出来ない?(ヨロヨロ)」
ソニ「ある意味世界は救われたのかも」
音響「そやかて、あんたらみたいな新人のために、そんなにたくさん無線機使えないんですよ。ダミーがあるだけええと思うてください」
クッキーマン「う〜む。これは事務所で機材を揃えなければあかんかもなぁ」
テヨン「分かりきった話じゃ。トンバンにいさんやスジュゆう先例もあるのに、なんで気づかへんかったんやボケ(ドカン!)」
クッキーマン「きゃんきゃん」
AD「ステージの周りで暴れるんじゃねえ、このドちび!」
テヨン「(ウキーッ)毒殺なんて生ぬるい。今すぐ五体バラバラにしてやる!」
ソニ「どぉどぉ」


午前10時
AD「ほな、少女時代のリハーサル始めまーす。音楽流してください」
♪ちゃんちゃちゃ、ちゃんちゃちゃ…
ユリ「(そこ邪魔や。どけやAD)」
AD「(インカムに)はい、はい、このまま続けさせます」
ジェシカ「(ええわい、どかんのなら蹴り出してやるから)」
♪ど〜ん!
少女時代「ハッ(クルクル)」
AD「うひゃー、さすがに9人が一斉に踊ると迫力あるなぁ」
テヨン「♪伝えたい 悲しい時間が 砕けた後になって聞こえるけど…
ソヒョン「♪目を閉じて 感じてみる 動く心 自分を見る ウチの目つきは…
クルクルクル
AD「うわ、なかなか上手いやんけ。芸がちゃんとしとる。
  それに踊りながら、次から次へと形を変える隊列。歌う人間だけがセンターに現れて、わずか一節で奥に消えていくこのフォーメーション。
  こんなん、初めて見た。ちょっとすごい…かも」
少女時代「♪この世の中で繰り返される悲しみは もうあんにょん…
AD「ぼけー」
少女時代「♪自分のこと考えるだけで…ハァッ(ハイキック!)」
どかーーーーん!
AD「わーっ!(クルクル、ど〜ん!)」
少女時代「(わっはっは、ざまぁ見ろ)」


午前11時
がやがや
スヨン「あー、腹減ったなぁ」
ソニ「自分の腹はいつでもすいとるやろう」
ジェシカ「とりあえず、飯食ったら昼寝しよう。リハから本番まで時間が空き過ぎやし」
ユナ「メイクしたり着替えたり、フォーメーションの最終確認するんで忙しいって。寝てるヒマなんかあるかいな」
ジェシカ「マジかよ〜、デビュー前からもうプロ生活が嫌になって来たぜ」
ヒョヨン「じゃあなに考えてSMEの練習生になったんだよ?」
ジェシカ「それが自分でもさっぱり思い出せんねん」
ティパニ「練習生生活長すぎて、脳みそ腐っちまったんやな(笑)」
クッキーマン「ほな、出前の注文をとるで。お茶込みでひとり7000ウォンまでな」
スヨン「えー? 局の方でロケ弁とか用意してないん?」
クッキーマン「そんなんあるか。タレントの飯はファンが差し入れることになっとるんや。当然新人の自分らにそんなもんはない」
スヨン「うひゃー、日本とはだいぶ事情が違うなぁ」
こんこん、がちゃ
AD「あのー」
ジェシカ「わ、威張りんぼのADや」
テヨン「ステージから蹴落とされた件なら謝らんからな。あんなところにぼーっと立っとった自分が悪い」
AD「はぁ、それはもお。それより出前の注文まとまったらゆうてください。ボクが頼んで来ますよって」
ヒョヨン「はぁ?」
ユナ「なんや、さっきとだいぶ態度が違うな」
ティパニ「蹴落とされてMの属性に目覚めたんかな(笑)」
AD「リハーサル、すごくよかったです。キミたちはきっと売れると思います。ボク、これから応援しますから」
少女時代「…(あんぐり)」
AD「ほな、失礼します!」
ソニ「こりはびっくり」
ヒョヨン「つまり、ウチの美しさにすっかりペンになってしまったと?」
ソヒョン「その台詞の前半はともかく、後半はあっとるみたいやで」
クッキーマン「(うんうん)自分らのパフォーマンスにはそれだけの力があるってことや。
  あの生意気なADも一発でトリコになってしもうたで。自分らのペン第1号やな」
ジェシカ「あんな小汚くて汗臭い奴がペン1号なんて、絶対やだ」
ソヒョン「やっぱりあいつは毒殺しよう」


午後1時
がちゃ
スヨンの家族たち「スヨン、デビューおめでとう! 応援に来たで」
スヨン「わぁ、おかん、おねえ! 来てくれたん?」
スヨンの家族「日本のことは忘れて、これが第一歩思えや」
スヨン「うん、おおきに(涙)」
ティパニの叔父はん「ミヨン、デビューおめでとう」
ティパニ「その名前で呼ばんといてってば」
ヒョヨン「あれ、パニの親戚って韓国にもおったんやね?」
テヨン「なんでも韓国医療界の若きリーダー言われとるエリートらしいで」
ソニ「へー。ああ見えてインテリ一家なんやな」
ヒョヨン「ほんなら叔父はんに結石直して貰えばええのに(笑)」
ソニの家族たち「スンギュ、いよいよデビューやね」
ソニ「おねえちゃん! おおきに!(涙)」
わらわら
ユリの家族たち「デビューおめでとう」
ユナの家族たち「デビューおめでとう」
テヨンの家族たち「デビューおめでとう」
少女時代「おおきに、おおきに(涙)」
ジェシカの家族たち「なぁなぁスヨン、ギャラの振込先は我が家の通帳にしてくれた?」
ジェシカ「くそー、泣かへんで。ウチは絶対泣かへんからな」


午後1時半
でででで
ユリ「ちょっとちょっと、ロビーにでかい花が届いてるで」
ジェシカ「デビュー祝いか? カンタにいさん?」
ユリ「んにゃ、差出人は不明。自分宛てや」
ジェシカ「ウチに?」
ユナ「見に行こう、見に行こう」

テヨン「どひゃー、なんじゃこりゃ」
ソヒョン「どう見てもスリッパやね」
ヒョヨン「差し渡し1mものスリッパ型に花をアレンジして届けさせるこのセンス。ただもんじゃない」
ユナ「メッセージが…”ジェシカへ。韓国代表への第一歩やね。デビューおめでとう!”」
スヨン「誰やろう? …シカは身に覚えがあるんちゃうの? …シカ、シカ、ちょっとあんた泣いてるの?」


午後2時
AD「続いて少女時代さんの収録を行いまーす!」
ティパニ「う〜、いよいよ本番や(どきどき)」
ユリ「このステージを上がったらウチらはプロってことやね」
スヨン「ウチは5年前からプロやけどな」
ソニ「その割には震えてるやん」
スヨン「う、うるさいわい」
ジェシカ「(すん、すん)」
ユナ「おねえ、また泣いてるの?」
ジェシカ「泣いてないわい(どばー)」
ユリ「あーもお、メイク直してる時間ないんやで」
テヨン「とにかくウチらの記念すべき(正式な)初ステージや。気合いを入れよう(すっ)」
ティパニ「うん、そやね(すっ)」
すっ
すっ
すっ
テヨン「今は少女時代…」
少女時代「これからも少女時代! 永遠に少女時代! わーっ!!」


AD「うんうん、頑張れ少女時代。キミらの未来は明るいぞ」
ナレーション「だが、ソヒョンに目をつけられたこのADの未来はちっとも明るくないのだった」







※少女時代のデビューはシングルCDと言う、今からするといささか古い形式で行われている。
 つまり先行音源発売などもなく、Youtubeティーザーを流すこともなく(メンバーに関してUCCでさんざんやったから充分という判断なのか)、まるで日本式のデビューだった。
 デビューシングルが発売された2007年8月2日、少女時代は特別なイベントを持つこともなく、SBS『人気歌謡』の収録を行っている。
 この日収録された映像は3日後の5日に放送された。
 振り返ってみると、華々しいのか地味なのか、さっぱりわからないデビューだが、これ以降少女時代はアイドルの価値を大きく押し上げ、経済的にも文化的にもそのあり方を変えてしまった。
 今日では新人歌手は事務所の大きな期待と支持を受け、多くのメディアで取り上げられてデビューして来る。
 その変遷を目の当たりに見て来た作者にとっては、まさに歴史の目撃者になったような気持ちである。
 とはいえ、少女時代の快進撃、K−Popの大転換までは、まだ1年半の時を待たねばならない。