第31話 Hit Girl

2000年
♪キ〜ンコ〜ン
日直「きりーつ、れい」
みんな「あにょはせよ〜」
日直「ちゃくりき」
がたがたがた
ワタル先生「(ちゃくりき?)はい、おはようございますぅ。ボクは2学期から全州西萩小学校に赴任してきたイ・ハナルと言いますぅ。
  担当は音楽ですけど、これから産休のチェ先生に代わりキミたち5年生を担当しますから、よろしくお願いしますぅ」
男の子「おっちゃん、ヘンな訛りやけど、どこの出ぇや?」
ワタル先生「ボクですか? ボクは日本生まれの釜山出身ですけど…」
男の子「なんやてぇ!?」
ガタガタガタ!
ワタル先生「わっ!(学童たちの顔が一瞬で殺気だった) い、いったいどうしたんです、みなさん?」
女の子「やめえ! みんな座れや」
男の子「オ、オヤビン…」
女の子「釜山て聞いただけでガタつくんやない。先生かて好きで釜山に育った訳やないやろ。不憫な人や思うて済ませろや」
男の子「へ、へえ」
ワタル先生「ずいぶんな言われようだな。やっぱりこの辺りでは、まだ慶尚道に対するわだかまりがあるのかなぁ?」
女の子「へへ…脅かしてすんまへんな。そやけど長生きしたいなら、ここらへんで迂闊に釜山出身とかゆわん方がよろしいで」
ワタル先生「キミは?」
女の子「ウチ? ウチは学級委員のテヨン。キム・テヨンですわ」


ワタル先生「(ふらふら)うぃ〜、すっかり遅くなってしまった。歓迎会だからって先生たちやPTA役員にずいぶん呑まされたけど、こっちの人はお酒が強いなぁ。
  まぁマッコリがあれだけ安くて美味しかったら、当然だけど」
ヤカラ「(じゃーん!)ちょい待ちぃ、おっさん」
ワタル先生「え、ボクですか?」
ヤカラ「おっさん以外にだれがおるゆうねん。一杯気分で気が太うなったか? 夜ひとりでふらふら歩くなんぞ襲ってくれゆうようなもんやで」
ワタル先生「え、ここはそんな危険な街なんですか? 教えてくれてありがとお(ぺこりん)。以後気をつけます」
ヤカラ「どういたしまして。そんなら感謝の印に金目の物、全部置いていってください(キラリ)」
ワタル先生「わっ、ナ、ナイフ! さてはキミは単なる親切な通行人じゃなくて、ヤカラのひとりですね?(ぶるぶる)」
ヤカラ「今頃気付いたんかい! おう、みんな出て来いや!」
暴漢ども「うえへへへ(じゃじゃーん)。お、こいつ、都会育ちで金持ちの匂いがするやないか」
ワタル先生「ひゃー、助けてー(へなへな)」
ヤカラ「この街で、ワシら南海組に逆らうアホはおりゃせんで。さぁさっさと金を出せや」
ワタル先生「(ぶるぶる)て、転勤したてで、今はこれしか持ち合わせが」
ヤカラ「け、しけてんな。これっぽっちで放免したとあっては南海組がなめられる。おっさん、明日は生ゴミと一緒に回収されて貰うで」
暴漢ども「やっちまえー!」
ワタル先生「あーれー!」
シュッ!
暴漢A「…うぅ(ドサ)」
ワタル先生「…?」
暴漢B「お、おい、どうした?」
シュシュッ! パン、パン、パン!!
暴漢B「ひでぶっ」
暴漢C「あべしっ」
暴漢D「げぎょんっ」
ヤカラ「な、なんや、なんや?」
暴漢E「あかん、例のガキや!」
テヨン「ふんっ(バキ)」
暴漢E「わーっ!」
シュン! シュン!
ワタル先生「す、すごい。小さな女の子が倍もある大人を次々に倒していく。こ、これは…?」
ヤカラ「くそー、覚えてやがれ!(脱兎)」
テヨン「逃がすか、ボケ!(ブン)」
ひゅるひゅるひゅる…パッカーン!
ヤカラ「きゃんきゃん、やられた(バッタリ)」
テヨン「ふん(ぽんぽん)…ワタル先生、危ないとこやったね(笑)」
ワタル先生「キ、キミは、キム・テヨンさん? ワタル先生って?」
テヨン「都会の言葉で喋ってウラナリみたいやから、ワタル先生ってクラスであだ名つけたってん」
ワタル先生「まぁ確かにボクの日本名は渉だけどね。
  それより、どうしてこんなところに。その格好は?」
テヨン「最近、釜山からたちの悪い奴らが流れて来てな、南海組ゆうて暴れとるんや。
  ウチは西萩の番長としてそんな奴らをのさばらす訳にはいかん。そんで、こうして毎晩戦っとるちゅう訳やねん」
ワタル先生「す、すごい体術だね」
テヨン「まぁテッキョン琉球空手八極拳陸奥圓明流、オクト神拳、ひととおりやってるさかいね。
  クラスの子たちは自衛のためにチャクリキ・ジムに通うとるよ」
ワタル先生「で、でも、暴力はダメだよ。暴力じゃなにも解決しない」
テヨン「なにを校内暴力撲滅広報大使みたいなことゆうとるん? 今かてちゃんと解決したやろ? ウチがおらんかったら、先生、生ゴミにされるところやったんやで」
ワタル先生「そ、それは真の解決じゃなくて…」
テヨン「そやな。奴らのボスを倒し、南海組を根絶やしにするまで、真の解決は訪れんのや。
  ウチ、もっと頑張るで! …そやから先生は、もお夜の街をふらふらしたりて、ウチの邪魔せんといてな!」
ワタル先生「いや、そうじゃなくて…ちょっと…消えてしまった。不思議な子だ。
  それにしてもわずか12歳の女の子が悪漢をバタバタ倒すなんて、なんて非現実な。でもかっこいいから、ハリウッドの友人に映画化を持ちかけてみよう」


ワタル先生「はい、結構。では次のパートをテヨンさん、歌って」
♪ポローン
テヨン「♪やだねったらやだね やだねったらやだね 箱根〜八里〜のぉは〜ん次ぃ郎〜」
みんな「うぉおお(パチパチ)。テヨンちゃん、上手〜」
テヨン「えへへ(ぺこぺこ)」
ワタル先生「本当に上手だねえ。将来歌手になろうと思ったことないの?」
テヨン「全然。ウチには南海組を殲滅するゆう使命もあるし」
ワタル先生「そんな使命は大人に任せて、もっと子どもらしく生きてほしいなぁ」
テヨン「先生は日本や釜山みたいな都会から来たから簡単にゆうけど、歌手なんて全州におったら夢のまた夢。叶わぬ夢見て傷つくのは、いっつもウチら無垢な子どもなんですわ」
ワタル先生「挑戦もしないうちから叶わないと決め付けるのはよくないよ。あ、そうだ、これを観てごらん(ポチ)」
テヨン「…?」
ビデオ「♪今以上の言葉を届けたくて ウチの言葉で 誰かひとりはわかってくれるはずやから Let Me Do It My Way!(クルクル)」
     BoA 『ID; Peace B』
テヨン「(ガーン!)な、なんやこれ!? トロットやない…初めて聴く、こんな音楽」
ワタル先生「この子はBoA。今年デビューしたばかりの新人だけど、歌もダンスもすごく完成されてるだろう?」
テヨン「う、うん(ボー)」
ワタル先生「でもこの子はキミらと3歳しか違わないんだよ」
みんな「えー、うっそーっ!」
ワタル先生「嘘じゃないさ。きっとこの子は幼い時から自分の夢にまっすぐで、あきらめずに努力してきたからこんな風になれたんだろうね。
  やる前からあきらめていたら、決してこんな風に離れない。まずは自分を信じて一歩踏み出すことが大切だと先生は思うな」
テヨン「夢かぁ…ウチもこの子みたいになれるやろか?」
ワタル先生「もちろんなれるさ。あきらめなければ、夢はきっと叶う」
男の子「さすが日本生まれや。J-Popみたいな台詞、サラッと吐きやがる(笑)」
女の子「あはは、ホンマやねえ。ねえ、テヨンちゃん。…テヨンちゃん?」
テヨン「…(ジー)」


2007年
ワタル先生「それから何度も何度もBoAのMVを繰り返し観ていたキム・テヨン。7年かかったけど、ついに夢が叶ったんだね」
同級生「先生、次ですよ。少女時代が映ります!」
ワタル先生「おおっ」
♪ちゃんちゃんちゃ…
同級生「おおーっ、すごい! あのテヨンちゃんが人気歌謡に出るなんて」
同級生「わー、出たー!」
同級生「オ、オヤビン(うるうる)」
ワタル先生「ああ、テヨンさん。ずいぶん可愛らしくなって…(涙)」
同級生「先生、それは確かユナって子です。テヨンちゃんは左奥」
ワタル先生「そ、そうか。とにかくよかった。ハリウッドの友人に持ちかけた話も順調に映画化されるようだし。
  テヨンさんにはデビューだけで満足することなく、次から次にヒット曲を生み出すヒットガールになって欲しいな」
テヨン『♪ちょねじゅごしぼ するぷしがに〜
  た ふとじん ふえや とぅ〜りじまん…』
    







※おまけ