第70話 孤独のヲタク
ヘレレレ、ヘレレレ…
男「(パカ)はい、井之頭…ああ、いつもお世話になってます。
…そうですかぁ。いえね、今ソウルなんです。ええ、買い付けで。
明後日には戻りますんで、それからの納品でも?
…助かります。では帰国次第、はい(ペクン)…ふう」
独白:…とにかく腹が減っていた。
今朝、金浦に着いたその足で買い付けに廻り、おかげで仕事は順調だったものの、まだこの国で何一つ食っていなかった。
ポツ、ポツ、ザー
男「おまけに雨だよ。参ったな」
独白:これが南大門なら雨宿り代わりにチプに駆け込むところだが、あいにく見渡す範囲に飲食店らしいものがない。
ここは龍山、韓国の秋葉原なのだ。
男「東国大前のハヤンチプ、プルコギが美味かったなぁ。まだあるかな?
とりあえず、雨だけでも避けないと」
ばたばたばた
男「ふぅー」
独白:空腹は一旦忘れ、手近の電器量販店に駆け込んだ。
一面に並んだワイドテレビの中では、俺の気持ちなど知りもしないで、少女たちが笑顔を振りまいていた。
男「なんだ、歌番組か。アイドルグループみたいだな」
独白:雨がやむまで動きようもない。
なんとなく画面を見続けた。
男「ソー、ニョー、シー、デ…少女時代ね。ワンダーガールズくらいは聞いたことあるけど、これは知らなかったな」
男「ん? …うまい!」
独白:今の韓国のアイドルって、こんなに歌が上手いのか?
これは「娘。」もうかうかしてられないぞ。
独白:あ、この娘、可愛い。なっちより好みかも。
独白:ひぃふぅ…9人もいるのか? それなのに、なんて息がぴったりと合ったダンスだろう。
複雑に交差し合いながら、ソロパートの娘だけ一瞬センターに来る…。
次に誰がセンターに来るか予想も付かないのに、全体は流れる水のように動く。
男「こんなパフォーマンス、観たことない!」
独白:この娘はひとりだけショートヘアで目立つな。
それにしてもこのキャンディ…マイクとは別にこんな小道具を持って歌う演出なのか。
男「その発想はなかったなぁ。
…いや、待てよ」
独白:イ・ジョンヒョンも『Wa』では小指にピンマイクを付ける独特の振り付けをしていた。
韓国歌謡界のこの柔軟な発想、侮れないぞ。
独白:観客は若い女性が多いようだ。この辺はモー娘。とも共通するな。
男「おや、雰囲気が変わった」
独白:大サビか。それにしても踊りながら一瞬でこの配置につくとは。相当鍛えられている娘たちと見た。
独白:この娘も上手いじゃないか。
…つまり、メインボーカルが2人。でも全員にソロパートがあるし、全員で踊る。
奥が深いぞ、少女時代。
男「これは、いずれブームが来るかも知れないな。
とりあえず食器の代わりに彼女らのCDを大量に輸入してみるか」