第56話 9回裏2アウト

それは2007年のはじめのこと…


ユナ「ドラマ? ウチが?」
クッキーマン「うむ。アップルツリー・ピクチャーズがこの春から制作を始める恋愛ドラマや。
  MBC『エア・シティ』の後番組になる予定やと聞いとる」
スヨン「『エア・シティ』て、東方にいさんがテーマ曲を歌う予定の?」
クッキーマン「そや。チェ・ジウ主演の大作ドラマ」
ヒョヨン「その『エア・シティ』かてまだ撮影始まったばかりやのに、もうその後のドラマが動いてるのか(ひゃー)」
クッキーマン「そう、それが芸能界。次から次に作り出されるコンテンツ。まさにShow must go on!
  そんで、その作品ひとつひとつに巨額の制作費と大勢の人間が絡んでおる。
  歌謡界とて、事情はたいして変わらんぞ。みんなも今の内から腹くくっておけよ」
ユリ「うう、なんか怖なって来た」
ユナ「で、そのドラマはいったいどういう内容で?」
クッキーマン「聞いた話じゃ、スエ主演の恋愛物らしい」
ソニ「スエゆうたら『ラブレター』の?」
ジェシカ「涙の女王?」
テヨン「ぴゃー、がっつり恋愛ドラマやな」
スヨン「いやーん、キスシーンとかベッドシーンがあったらどおしよう?(じゅるじゅる)」
ソニ「よだれ、よだれ」
テヨン「自分が出る訳やないやろ。なに心配してるねん」
ティパニ「(ふん)子供やあるまいし、ポッポぐらいスポーンとかましたったらええねん」
クッキーマン「こらこら、デビュー前の大事なタレントやぞ。いきなりポッポなんかさせられるか」
ユナ「ほんならどんな役なんよ?」
クッキーマン「スエは倒産寸前の出版社に務める三十路の編集員で、8歳年下の恋人がおる。大学野球の有望な選手で、キム・ジョンジュがこの役を演じる。
  それとは別に、スエには独身の幼なじみがって、一緒に住むハメになる。この役はイ・ジョンジンだそうや」
ヒョヨン「おお、バリバリ三角関係な予感」
クッキーマン「ところがイ・ジョンジンは以前振られた恋人に未だ未練たらたら」
スヨン「(ぴゃー)四角関係や!」
クッキーマン「他にもいろいろ出て来る。5角6角どころか、ほぼ無限角…円関係になる」
ヒョヨン「うそつけ」
クッキーマン「そんで、とりあえず3話くらいになると、キム・ジョンジュの野球選手に憧れる女子高生が現れる」
ユナ「その女子高生役がウチ?」
クッキーマン「そう。年は若いが、大人気の携帯小説家で、担当のスエをわがままでてんてこ舞いさせる役や」
ユナ「性格悪そうやなぁ」
ユリ「ぴったりやん(ゲシッ)いててて」
クッキーマン「とにかく決まったら、自分、スーパーガールズより先に単独デビューや」
ユナ「それは魅力やなぁ。こんなブスばっかりのグループに埋もれて歌手デビューするより、女優としてデビューする方がイメージがぐっと上がるっちゅうもんや」
ジェシカ「(カチン)なんやて?」
ティパニ「ちょいとピンの仕事が多いからって、ええ気になっとったらあかんど(怒)」
ヒョヨン「そうやそうや。ユリ、自分もなんかゆうたり」
ユリ「ウ、ウチは…。ウチも7月に映画デビュー決まってるから(えへへ)」
ヒョヨン「アホか、あんなパンダが笹喰うとるだけの映画、却ってマイナスキャリアや」
ユリ「そ、そうかな?」
ユナ「それはその通り。一方ウチは人気女優スエと堂々と共演や。恋のライバルや。よーし、天下盗ったるでぇ!」
テヨン「ち、すっかり舞い上がりやがって」
ティパニ「オーディションに合格してから威張りやがれ」
ユナ「ふーんだ!」


数日後
じゃー、ぱたーん
ティパニ「(ぽてぽて)ふわー、そろそろ腎臓がシクシクしてきたなぁ。用心用心…ひっ? 玄関に誰かおるの?」
ユナ「ウチや、ウチ」
ティパニ「なんや、ユナか(ほっ)。こんな朝早くからどないしてん? 早朝ヘルスのバイトか?」
ユナ「アホか。例のオーディションや、ドラマの」
ティパニ「あー、スエが出るゆう…ちゅうか、そんなカッコウでオーディション行く気か?」
ユナ「そやで。女子高生の定番ゆうたらジャージやろ?」
ティパニ「そんなん練習生だけの特殊事情や。継ぎ接ぎだらけのジャージで行ったら100パー落選やで」
ユナ「マジで? そやけど、ウチ、大して衣装持ってへんしなぁ」
ティパニ「これやから貧乏人は(けっ)。判ったわ、今日は特別にウチの服貸したる」
ユナ「ホンマ?」
スヨン「(ごしごし)なんやねん、朝っぱらから」
テヨン「(どすどす)やかましいど、自分ら!」
ティパニ「それが実は…」
スヨン「なるほど。そんならウチの衣装も貸してやろう」
テヨン「仕方ない。同部屋のよしみ、ひと肌脱ぐか」
ユナ「お、おおきに、おねえ(グス)」
ティパニ「(ふっふっふ)ちゃーんす!」 ←アスカ・ラングレイ風


助監督「次の患者さん、どうぞー」
監督「やめなさいよ、不謹慎な」
脚本家「面接って言うと何度も何度も同じギャグを繰り返しやがって。作者の奴、アホちゃうか?」
プロデューサー「まぁなんや、縁起物とでも思うてるんやろ」
監督「とにかくここは病院やありまへん。普通に呼び込みなさい」
助監督「それでは次に縁の近いご親族様、ご焼香をお願いいたします」
監督「『お葬式』のオーディションか! オレは伊丹十三か!」
脚本家「いや、あの人ほど演出うまかないっすよ」
がちゃ
ユナ「あにょはしむにか〜。SMエンタから参りましたイム・ユナと申します」
助監督「では祭壇の方にどうぞ」
監督「祭壇ゆうな。ま、そこに掛けて」
ユナ「へえ(どすん)」
監督「イム・ユナさんね…。(めくり)これまで演技経験は?」
ユナ「事務所の先輩のMVに何度かとCMにも何本か出させて貰いました」
プロデューサー「どっちも短編やね。ドラマとなると3ヶ月の長丁場やで。大丈夫?」
ユナ「大丈夫です。事務所ではそういう前提で稽古してますよって」
プロデューサー「ほんならちょっとなんかお芝居してみて」
ユナ「判りました、それでは… ”お兄ちゃん、この笑顔だね!(ニパッ)”」
脚本家「(こけっ)そ、それはなに?」
ユナ「『天国の階段』からハン・ジョンソの台詞です。このドラマ、めっちゃ好きなんですよ」
監督「それは判るけど、キミが演じるかもしれないジュヨンは、性格のゆがんだ娘なんやで。そんな天真爛漫に”この笑顔だね”とか絶対ゆわない。それだけはゆわない娘なの」
脚本家「台本、研究してこなかったん?」
ユナ「読んできましたけど、でかい口の笑顔はウチの最大の魅力やから、とりあえず見てもらお、思うて」
監督「なるほど。それは判った。ほんなら、今度は悪い顔してみて。嫉妬に狂った、女の一番醜い内面を見せるんや」
ユナ「うーん…ほなやってみます。”このウンコ野郎! なんでウチのワンコを喰いやがった! あれはウチが非常用に飼うとった大事な犬やで”」
プロデューサー「わー(ゴロゴロ)そんな台詞、女子高生がゆうたら絶対あかんやん。今度はなんの作品やねん?」
ユナ「いえ、これはウチの宿所での日常会話でして」
プロデューサー「なおさらあかんがな(オーマイガッ)」
監督「ところで、チミ、その衣装はなんなん? なにかをイメージして来たの?」
ユナ「いえー。ウチのおねえたちが貸してくれたんで、何となく着させられて来ましたけど」
監督「背中になんか紙切れついとるで」
ユナ「マジで? よっ、ほっ(ペリペリ)」
監督「ほお、体は柔らかいと(メモメモ)」
ユナ「よし、とれた。な、なんじゃこりゃー!」
監督「今、松田優作とかいらないから」
ユナ「いや、そうやなくて…”やーい、貧乏人!””オーディション落ちろ””ブスが女優面するんじゃねえ!”(ぴゃー)」
プロデューサー「チミ、ずいぶん嫌われてるんだね」
脚本家「そんなん背中に貼ってここまで来たの? 恥ずかしー(ぷぷぷ)」
ユナ「(わなわな)あ、あいつらーーーー!」
監督「お、それや、それ!」
脚本家「ホンマや。性悪そうな内面の顔がよお出とる(笑)」
プロデューサー「これは今日いちの悪い顔やな。よし、合格!」
ユナ「はぁ? マジで?」
脚本家「(うんうん)9回裏2アウトからの大逆転やったな」
プロデューサー「なんか逆効果やったけど、結果的には感謝しなさいよ、同居の先輩たちに」
ユナ「うう…感謝したくないわぁ。世界で一番頭下げたない〜」
ナレーション「こうして韓国ドラマ界に、またひとりスターが誕生したのだった」
監督「ほんなら明日からバッティング練習ね」
ユナ「なんのドラマ!?」






※『9回裏2アウト』…
    


※「パンダが笹喰うとるだけの映画」…SMEが制作しスーパージュニアが主演した『花美男(イケメン)連続ボム事件』のこと
 2007年7月公開なので、完全に『9回裏2アウト』と時期がWっている。
 ユリがバレエ部員の役でちょっと出演している。
    


※ユナの悪い顔…